コロンとマルマル

こんにちは、セラピストの土田です。今日は休みの日にふとしたことをきっかけに面白いホームページを見つけたのでそのことを書きたいと思います。

 

 最近は夜勤なので、仕事が終わり家に帰る頃には朝方の6時ぐらいになっています。まだ夜勤になれていないせいか、体に少しだるさがあり、朝日を浴びて青空を眺めていると、ボーと立ち止まってしまう事もあります。少し深呼吸してみたり、その辺に生えているタンポポの綿毛をむしったりして、タラタラとしながら帰っていくことが多いです。

 家に着き軽く食事をしていると、子供たちの通学する声が聞こえてきたりして、昼と夜の区別がはっきりとしません。なかなか眠る気にならず、朝日に誘われてなんとなくまた外に出てしまったりします。

 ぼくの住んでいるマンションは一階の隅で、ベランダの外には花壇のようなスペースがあります。一階の住人がそれぞれ自分の家の前のスペースを管理しているのですが、わが家の前はほとんど手入れをしていないので雑草がいきいきとしてなかなか野性味があります。

 そこで何気なく落ち葉を拾ってみたのですが、その下にはダンゴムシがいっぱいで、、わらわらと逃げていきます。葉っぱでちょいちょいといじっていると、途中でカンネンしたのかコロンとまるまってしまいます。

 その姿が何となくかわいかったので、何匹か飼ってみようと思い、葉っぱですくい取ると、コロコロコロと葉っぱの中心に転がっていき、何とも具合がよいのです。葉っぱってこういうふうな使いかたもあるんだなと思いながら数匹をガラスのケースに入れておきました。

 

 ただダンゴムシが何を食べるのか、どんなところに住むのかよくわかりません。パソコンで調べると、ダンゴムシの検索で一番上に『日本ダンゴムシ協会』と出てきました。これだと思い見てみると、『ダンゴムシの飼いかた』から『ダンゴムシレース』の仕方、『ダンゴムシ使いへの道』などなんだかよく分からないけれど興味をそそられる情報が満載でした。

 何でもダンゴムシの家作りにはガラスの水槽や、飼育ケースなどのツルツルとした素材のものを使い、底には必ず湿らせた土を入れるそうです。エサには主に落ち葉を食べるそうですが、「何でも食べるので何が一番好きか研究してみてください」とのこと、煮干や野菜も食べるそうで、他にも「チーズはどうかな?」なんて書かれていて、好奇心をそそられます。

 ダンゴムシは生物学的にはムシではなく、むしろエビやカニに近く、また何度も脱皮をし大きくなり大人になっても脱皮を繰り返すそうです。ミミズと共に落ち葉などを分解し土を作る大切な役目を持っているそうで、今ある土はダンゴムシたちのおかげでもあるわけですね。

 またダンゴムシ使いになるためには「ダンゴムシにはダンゴムシの生き方があって、そこをわかってあげることが大切」とか「顔を近づけて、じっと見て、そのダンゴムシにあった名前を付けてあげよう。ダンゴムシは模様も歩き方もせいかくもみんな違う、じっと見ていればダンゴムシが君に名前を教えてくれるかもしれない」とか書いてある。そうしたことを読んだ後ではダンゴムシに対する見方も変わってきます。モゾモゾと動き回る彼らの生き方一つ一つにどんな個性を発見し大切にするのか、それがダンゴムシを飼うにあたって重要なことのようです。

 このホームページの作者である宮里さんは『日本ダンゴムシ協会』を一つの戦略のように考えているようです。児童館で20数年間働く宮里さんは子供たちをどのように見守っていくのかということをホームページで書いており、そこではダンゴムシを土から離れた子供たちを自然へと導く扉のような存在としてとらえていて、他にも『びわ採りツアー』と称してほうっておくと腐ってしまう公園のビワをとりにいったり、ビワの木のある家を見つけて、ピンポーンとやり、家の人にビワを分けてもらうついでに子供たちに人とのつながりを感じてもらったり、子供たちに町のありのままの姿を感じてもらい、その中でいろいろな技術を学んでもらおうという、『忍者修行の旅』などについても書かれています。

 ダンゴムシレースはミニ四駆のブームの時にアンチテーゼとして始められ、ミニ四駆のブームが終った後もダンゴムシレースには多くの子供たちが集まるそうです。忍者修行では地区委員の方々と協力して子供たちがさまざまな仕事や技術の修業ができるように町ぐるみで企画しているそうです。子供たちの修業を助ける謎の忍者『メルヘン軽業師』や修業のじゃまをする『粘着族』など怪しいキャラクターを登場させて子供たちの好奇心を駆りたてているそうです。

 子供の参加人数は200人近くで、それを助ける大人の数も200人近くになるそうです。その規模の大きさにはビックリさせられますし、身近なところに子供たちの興味を向けさせることも共感できるところです。

 ぼくも小さい頃はよく家の近くの工場へ忍者ごっこをしに遊びにいきました。それぞれの家の敷地を分ける木の塀の上を歩きながら家々を横切り、時に腐りかけた木の塀の上で度胸試しをしたり、足を滑らせた友人をあざっけったりしながら隣接する工場の塀まで辿り着き、よじのぼって高い塀よりもさらに高い工場を目の前にするのです。

 この塀をのぼれることが子供たちの間では通過儀礼のようになっていて、塀のぼりのスキルを磨く事は年上のお兄さんたちに認められる上でもかなり重要な事だったと思います。

 工場は曇り空のように暗く、中に入る時は黒い雲に飛び込んでいくような気分でした。工場の隣りには教会が建っており、人が一人通れるくらいのその間をこっそりと通り、ホコリで変色した窓の向うで「チカッ」と光る溶接の火花や鎖につるされた恐竜の像、汚れた服で仕事する大人たちはどこか危険な感じがして、「つかまったらどんなことをされるんだろう」とか思いながらドキドキして見ていました。

 工場のわきには大量のパイプや錆びた鉄くずが捨ててあり、小さい頃にはそれらが宝物のように見え、拾い集めては家に持ち帰り、他にもゴミ捨て場や廃車工場などから色々なものを夢中になって集めていました。ただいつの間にかそれらのコレクションは母に捨てられていたようで、子供心に消えていくコレクションに世の中の無常さを感じていたように思います。

 

 こういったことは子供の頃には誰にでもあるような話ですが、そうした出来事を重ねながら子供は周りの世界の解釈を進めていくのではないでしょうか。子供の頃の記憶を思い出すのはどこか夢を思い出すのと似ていて、ぼんやりとした中、感情だけがはじけるように浮かんできて、周りの景色も自分の心しだいでいくらでも楽しく変わったんじゃないかという気がします。小さなプライドに縛られがちな今の自分にとって固定観念がなく無防備なくらいに体験を受け入れられる子供の頃は本質的な生きる喜びのようなものがあったような気がしてなりません。

 宮里さんの小論では『ファンタジーのすみか』として子供の視点や想像の飛躍を書いていて、瑞々しい子供の感情の機微を伝える文章と散文詩にも似た子供たちの言葉の数々は大人の世界とは別の好奇心に彩られた世界を作り、町の小さな出来事を広がりのある見事なファンタジーへと変えています。宮里さんは大人と子供の関係を深く見つめ、お互いに楽しく学びあえる関係を作ろうと毎日実践されているのだろうなと思います。子供の持つ好奇心の強さと、それを細かに観察する宮里さんの優しい感覚に大きな尊敬の念を感じつつ、本日のブログを終らせていただきます。

2006-05-22 | Posted in 未分類No Comments » 

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