水たまりのカエルたち

梅雨はシトシトと降る雨のせいか行動もインドアになりがちなセラピストの土田です。子供の頃は毎日降りつづける雨に遊ぶ時間を奪われるのが嫌でたまらなかったです。カレンダーの規則正しく区切られた四角の一日一日が雨で埋まっていき、灰色の世界がどんどん広がっていくようで、恐怖すら感じていました。春と夏の間の灰色の世界、今でも少し気分は沈みがちです。

 もっとも今は雨の日でもいくらでも楽しむ事が出来ます。雨の日に見たい映画がありますし、雨の日に聴きたい音楽があります。外に出ればカエルやミミズが這い出てきて、いったいどこへ行こうとしているのか分かりませんが雨の日の彼らは活動的だったりします。また濡れ落ち葉なんて言葉もありますが、意外と落ち葉は雨を浴びるときれいな光沢が浮かび、滑らかな曲線ともあいまって陶磁器のような美しさがあります。枯れた水路にも細い水流が戻ってきて、見慣れた風景も雨の日は少し違って見えたりしますよね。

 ぼくは雨の日というと前に働いていた遺跡発掘の仕事を思い出します。梅雨時は雨が降ると現場が中止になることも多く梅雨の季節は仕事にならないことも良くありました。遺跡の発掘では昔の落とし穴や住居の跡を掘ったり、地層を見るために四角く地面を掘ったりします。雨が降るとその中に水が溜まってしまい、調査を続けるには水を外にかき出さなければなりません。その水を料理に使うお玉なんかでチョビチョビとバケツに入れて出していくのですが、そんな作業をしているうちに午前中の仕事が終わってしまうのです。ですから遺跡発掘に雨は天敵、梅雨時は雨との戦いをいかに切り抜けるかも重要なのです。

 

 ある現場で草地に地層を見るために2×4メートルの長方形の穴を掘りました。関東ローム層と言われる黄色い土を掘っていき、ハードロームと言われる酸性の強いカリカリとした土まで掘り進みました。よく石器なんかが出てくる地層で、黒曜石の黒く光る破片が出てくると宝石を見つけたようなドキッとした気分になりました。やじりや皮を剥ぐための刃物、小さな削りカス(黒曜石は原石を削って加工されます)、その黒い光に見せられて黒曜石のファンになる人も多いらしく、「この子はかわいいねー」なんて黒曜石のことを自分のペットのように話している人もいました。ハードロームまで掘り進むと2メートル近くの深さになり、2日ほどかけてその深さまで掘り、その日の仕事を終えました。

 夜に雨が降り、次の日には雨はやみました。仕事に行くと掘った四角い穴に水が溜まり何匹ものカエルが落ちていたのです。今までカエルたちの通り道だった所に大きな穴が空いてしまったからビックリして落ちてしまったのでしょうね。隅の方でうずくまり壁に向かって歩くようにモゾモゾとしています。トカゲや虫も落ちていましたが、カエルは自分では穴の外に出れないので、一匹ずつ手に取り外へ逃がしました。仕事をしているとだいたいのカエルがどこかへ行ってしまいましたが、中にはまた落ちそうなやつもいて穴の中で仕事していると頭に落ちてこられんじゃないかと思い少し心配でした。でも夜にカエルたちの穴に落ちていく姿を想像するとなんだかおかしくてその日はちょっと楽しい気分だったのです。カエルたちには大きな迷惑だったでしょうが、雨の多い梅雨時のちょっと面白い驚きでした。

 雨の日でもちょっと出かけて傘を屋根にして座り込み、ゆっくりと雨滴にうたれる水たまりの波紋を見ていたりすると、その日が少し特別な物になるような気がします。雨の日にしか見えないもの、そうした物を見つけるのもなかなか楽しいのではないでしょうか。ちなみにChaiの階段の屋根は雨が降ると透明な素材のためうちつける雨が良く見え、空に浮かぶ水たまりのように見えます。また夜になると階段の踊り場に溜まった水がライトの光を反射し階段にユラユラとした水のゆらめきを映します。すると何だか階段がやわらかく溶けてしまいそうに見えるのです。歩くと足が埋まってしまいそうな感じですね。身近な所にも人それぞれの雨の日の発見があると思います。見ようと思っていた映画を見るでも、友達の家で雨の夜を過ごすでも、アジサイの花を見に行くのでも、ぼくは何でも良いと思います。その人の気持ちしだいで雨の日でも心に残るような思い出を作ることが出来るのではないかと思います。

2007-06-10 | Posted in 未分類No Comments » 

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